東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1175号 判決
(証拠省略)……によれば、訴外金子富三郎は昭和二五年末ごろ、その所有にかかる本件宅地(東京都文京区駒込神明町三一三番地の一号所在、宅地二五〇坪七合二勺)をその子訴外金子剛を介して不動産売買仲介業者訴外山口忠雄にたいし、売却代金手取り、坪当り金三千円の約定で売却のあつせんを依頼したところ、同訴外人は同業者たる訴外佐藤安三に、同訴外人はさらに同業者たる被控訴人に順次右土地の売却あつせんを依頼し、被控訴人はこれを引受けた。しかるに被控訴人は昭和二七年一月ごろになつて訴外四十物彌右衛門から控訴人会社のために土地買入のあつせんを依頼され、同人にたいし本件土地が売りに出されていることをつげ、同人の連絡によつて現地へ買人を案内することとなり、そのころ同人が案内してきた控訴人会社取締役小山良助、同後藤仁助を四十物とともども本件土地現場に案内した、小山および後藤はこのときはじめて被控訴人に会つたのではあるが、その場の様子から被控訴人が不動産売買仲介業者であることを了解し、同人から土地の指示をうけたり、同人とともにその附近にあつた土地区劃整理事務所にいつて土地所有者の氏名、住所などを調査し、それにより所有者の住所までその場で明らかにし得なかつたが氏名は金子富三郎といつて、かつては千葉県方面に住所のあつた人であることを知りえたことを認めることができる。
してみれば控訴人会社は右小山、後藤の両名を代理人として被控訴人にたいし暗黙のうちに本件土地買入の仲介を依頼したものであると断定するのをさまたげない。
ところで前記の各証拠を総合すると、本件土地の売主側においては売却代金を当初手取り金三千円と定めたが、地価の騰貴にともないその単価の引上をし、昭和二七年一月ごろにおいては手取り坪当り約金五千円の定めとなつていたが、一方業者側の売値は坪当り金六千円、控訴人会社側の買値は坪当り金四千円程度で両者の言値に開きがあり、訴外四十物は被控訴人と控訴人会社との間にあつて値段の折合につとめたが成功せず、控訴人会社は現地調査後数日を径て四十物を介し、被控訴人にたいし一方的に本件土地買受のことをことわつたことを認めることができる。
しかるにその後同年三月三日控訴人会社が直接前記金子富三郎から本件土地を代金百四十万円で買受けたことは当事者間に争がなく、(証拠省略)……によれば、右売買は当時控訴人会社の常務取締役であつた三谷光雄が小山良助から本件土地のことをきき、偶然にもその所有者であるという金子富三郎は三谷と同様に鎌倉に住む者であることを知つたので被控訴人になんのことわりもなく、三谷が右金子およびその子金子彰と直接交渉の末、値段をまけさせて買受けたものであることが認められ、原審証人三谷光雄の証言中、控訴人会社において本件土地の所在ならびにその所有者を知つたのは被控訴人とは何らの関係がないとの部分はたやすく信用できない。
しかして右のように控訴人会社が本件土地を買受けることができたその原因は被控訴人が最初控訴人会社取締役小山良助および後藤仁助に本件土地が売地となつていることを紹介し、実地についてその所在場所や現況を説明し、かつともに所有者の氏名を調査したためであることは前述するところにより明らかであるところ、原審証人金子剛の証言および原審鑑定人平野博の鑑定の結果をあわせれば、不動産仲介業界にあつては、仲介業者にたいし買受の仲介を依頼し、その仲介業者から売買物件の存することを知らされて、現地を調査の後仲介業者に無断でその業者を介することなく直接その物件所有者と取引をし、これを買受けた場合、仲介人は買主にたいし、仲介手数料として売買価額の百分の五に当る金員を請求しうる旨の商慣習があることを認めることができ、被控訴人と控訴人会社との本件仲介関係はまさにこの慣習にあたる事実と認められる。
しかして法律行為の当事者においてとくに反対の意思表示がないかぎり、右慣習にしたがう意思あるものと認めるのを妥当とするところ、本件においてはかような反対意思の表明ありと認むべき証拠はないから右慣習の拘束をうけるものといわなければならず、控訴人会社はこれにしたがい被控訴人にたいし前記売買代金百四十万円の百分の五にあたる金七万円を手数料として支払うべき義務あるものというべきものである。(被控訴人は、控訴人会社は直接金子富三郎と本件売買契約をしたから、右は民法第一三〇条の条件の成就によつて不利益をうける当事者が故意に条件の成就をさまたげた場合にあたる、というけれども、被控訴人が前記商慣習を主張し、それが肯認される以上、さようなことは問題とする必要はない。)
そして被控訴人が控訴人会社にたいし右手数料を請求した時期は本件の証拠によつては明らかではないから、前記金七万円にたいする商事法定利率年六分の割合による損害金の請求は訴状送達の日の翌日たること本件記録に徴し明らかな昭和二七年六月二六日以後をもつて正当とすべきであり、被控訴人の本件請求は右の限度においてこれを認容すべきものである。
(藤江 原宸 浅沼)